中野裕太君はスゴイ

水道橋博士の日記で中野裕太君が天才だとプッシュされているのを読んだ。で、博士の異常な鼎談という番組で宮崎哲弥と話しているのを見て本当にこの人は天才だと思った。
平成教育学院では自慢をするくせにクイズの成績が悪いということで、いんちきキャラ、嫌味キャラのように扱われているという。
掲示板を見る限り、ファンよりもアンチも多いようだ。
でも、宇治原のような受験エリートとは違う次元にいると思う。
受験とか学校の勉強とは違う尺度で測ったほうがいいのではないか。
宮崎哲弥と思想について語り、対等に渡り合ったのみならず、思想的に宮崎を勇気付け、鼓舞したというのは素直にすごいだろう。
少なくとも俳優のみならずここまで自分の考え方を壮大にかつアカデミックに語った若い人を私は見たことがない。
能書きはともかくとして、以下はその番組を思想的な側面の発言だけまとめたものだ。
私は番組を見て、とても元気をもらった。
−の後の発言は名前がない限り、宮崎哲弥のものである。

中野 小学生1、2年生の時に漢文に出会ったんですけど、高校生の漢文ですね。そこで、孔子とか孟子性善説性悪説に出会って、人生論とか人間論に興味を持ち始めて。小3、小4くらいで公文式の教材でパスカルの自由論とかそういうの読み始めて哲学に興味を持ち始めて、ソクラテスプラトンアリストテレス的な流れをある程度抑えたら、そこでニーチェに出会ったんです。その前から音楽とか芸術とかが好きで…
−どういうのが好きなの?
中野 歌曲でひとつあげるとしたら、シューマンの詩人の恋の、第一番美しい恋なんですけど。
−そこで、なんでニーチェなの?
中野 僕がニーチェを大好きなのはソクラテス以降の科学知だったり批判しているところにあると思うんですよ。それが僕の自分でも疑問に感じていたところで、僕、親に対して3歳のときに「精神の自由がない」って嘆いていたらしくて。
−(爆笑)
中野 だから、そのときからすでに主観的な理性で貸与される形式の中の個であることに閉塞感を感じてたんです。それはなんなんだろうと考えたときに、カント主義の流れだったりソクラテスから始まっていく科学知みたいな流れなんだろうなっていう。そういう気分がし始めて…。で、プラトンが芸術を批判したのがミメーシスが、真似とか模倣なんてだめだよという、あんなん、アパテーに過ぎないよっていう。それすら疑問に感じてたんですよ。じゃあ、なんでこんなに芸術に感動するんだとかなんで僕は芸術に興味を持つんだろうとか。そこでようやくニーチェに出会って…。なるほど、と。ディオニュソスアポロンの対比構造とか。
−(西寺)でも、僕はディオニュソスマイケル・ジャクソンだと思ってますけどね。
中野 でも、ディオニュソスマイケル・ジャクソンというのは陶酔の神様で間違いないんですよ。ディオニュソスは陶酔の神様でお酒の神様で、ギリシャ神話ではバッカスなんですけど。要は忘我、脱魂、自己放擲とかそういうことなんですよ。
−だんだん俺、煙が出てきた(博士)
−ちょっと待って、すごく子供のころに自分の主観というのものにすごく限界を感じていて、この主観が強いてくるような形式、枠組みの中でしか生きていくことができない自分というものをすごく不自由に感じた?
中野 不自由に感じてたのも確かですし、そうじゃないところに自分はいるのじゃないかと常に感じていたのは確かです。
−それを概念的に破壊してくれたのがニーチェだったという?
中野 ニーチェとの出会いですね。自分でも考えて、研究していたことを小学校の若造に理性的な文章でもって、まあ理性的というより若干感性的な文章ですけど。
まあ、「悲劇の誕生」、教えてくれた。ハムレットが「意識の働きが我々を臆病にする」、と。なるほど、と。なんで親に勉強するのと小さいころから聞いていたときに。主体的に生きるためよと3歳のときからずっと言われていた。なるほどと思ったときに、僕は主体的に勉強を捨てるんだと決意したのが中学のときです。
ギリシャ哲学とかネオプラトニズムとかすごく関心も知識があることは分かったんだけど、仏教哲学に関心持たなかったの?
中野 仏教哲学とか宗教に関してはそれはないですね。
ニーチェはすごく仏教を評価してましたよね。
中野 それは、僕が若干ニーチェを超えたと思い始めたのが…
−なになに?自分が?(博士)
中野 思想をってことです。僕がニーチェを超えたというより、時代がニーチェを超えてったわけだから。僕は晩年の思想というのはあんまり好きじゃない。共感しがたい部分もあるんですね。『権力への意志』ですとか『ツアラトゥストラ」とかそういう思想に走りすぎたっていう。
−要するに、超人思想だとか永劫回帰とか。
中野 そうですね。あまりにちょっと離れすぎているんじゃないかっていう。
−あなたはね、でも、ナーガールジュナを読むとすごくいいと思う。
中野 でも宗教って自分自身が神と同一であるって感じたときって。
−大丈夫、そういうものじゃないから。ナーガールジュナの思想というものはそういう宗教の概念とは全く別のものであるから。あなたはいつか絶対ナーガールジュナに出会う。
−同志が言ってるんだから間違いないよ(博士)
じゃあ、帰りに買ってきます。
−彼、ずっと自殺願望を持ってた(博士)
中野 自殺願望というと変なんですけど、まあハムレットが自殺願望を持った男とニーチェが評したようなもんですよね。意識の働きが行動をすることを臆病にしたみたいな。「なんで生きているんだろう」みたいな。大学時代、失恋というか恋愛の経験も重なって…
−えっ、女の子興味あるの?
中野 こっぴどく振られたことがあるんです。僕の中では人生を賭けたところがあるんですよ。そんな中で詩とか絵を書き付けていて
−あれ持ってきて(博士がスタッフに中野君のメモ帳を持ってくるように言う)
−でもさあ、自己という牢獄をずっと感じていて、それを桎梏というか限界だと感じていて、不意にやってくる恋愛とかセックスというのはある意味、脱自経験、自己を脱する経験じゃないですか。あるいは忘我。
中野 エロティシズムということですよね。それはエロティシズムということへの死への郷愁ということですよね。それに関しては18まで抑えてました。簡単にいうと18まで童貞を捨てるのは抑えてましたね。
−普通は間単にいうよね(博士)
中野 それで初めてそのステップまで進もうと思った人がその人だったということです。

ここで、ノート到着、鏡文字を左手で書いた文字やデッサンのしっかりした絵などが書き連ねてある。
ダ・ヴィンチを彷彿とさせるノートに宮崎絶賛、このまま出版してしまおうかと言う。
そこに書かれていた共感覚を使って書いた詩。


赤い緑、煙を巻く
くらました 昼よ
悩ましげな仕草よ
蝋すする頃
夏がかりは重くのしかかり
たまらず
煙を巻く 赤い緑よ

中野 最初は芝居をやっていきたいんですけど。それはなぜかというと。僕に生きる意味を再確認させてくれたのが、役者とか芝居とか。
一番なんで興味をもったかというと。アルベール・カミュの、『シジフォスの神話』の本に書かれている不条理な生を謳歌する、より多く生きる人間像としての俳優、役者っていうありかた。これに感銘を受けて。ニーチェの超人というよりも、そうだ、僕はよりよく生きるよりもより多く生きたいって思って。僕はよく器用貧乏って言われちゃうんですよ。それって僕は興味のないことには突っ込まないだけで、関心のあることはやりたいってレベルでやりたいっていう。
−そうやって役者をやって多数的な生を生きていく果てには何がある?
中野 なにもない。
−再び空に戻る。
中野 そうです。もちろん。で、僕。そうなんですよ。すごく面白いですね。それ。今の着眼点は素晴らしい。空に帰るって。
宇宙って宇宙の外には空が揺らいでいるって量子力学的に言うじゃないですか。で、宇宙はいっぱいあるんですよ。
で、量子論学的には、確か量子論だったと思うんですけど、無の揺らぎから水泡が生まれて、それがはじけては消えはじけては消え…
−バブル宇宙論ね。
中野 そうですね。そのうちのひとつが熱だの光だのを持ってビッグバンになって、宇宙になったと言われている。だから、本来、この宇宙というのは収束して無に戻るはずなんです。で、僕、人間の人生も同じものだと気づいて…
水の波紋論というのを自分で作ったんです。水の波紋ってたとえばこういうのに(コーヒーを指差す)ポンと石を落としたりすると同心円状に波紋が広がって、
また同心円状で収束してなにもなかったかのようになる。それっていうのが人間そのものだという。その波紋の彩り方に個性が出てくるんだっていう。広がり方だったりとか。でも見方で見ると波紋が広がったまま消えていくという見方もできるじゃないですか。本来は同心円状に縮まっていくんですけど。
で、そこに可能性を見出した。どんどんどんどん広げていってどんどんどんどんより多く生きて。
そして、そのまんま小さくなって死ぬというよりはそのまんまこう(と大きく手を広げる)。脱我、亡魂じゃないですけど。いければいいんじゃないかなって。
−でもそれは分かるんだけど、そのイメージは分かるんだけど。特異点としての自己というのは常にあるわけですよね。この私というのはどんな生を生きていたとしてもこの私じゃないと意味がないわけでしょ。この生を生きるのは。この私という特異点にはどういう…
中野 でもそれは感覚的な部分で、本当に感覚的な部分で、根源的な一者と同一化することができるんで。たとえば芸術に触れているときだとか。
−じゃあ、そこの私には根源的一者があるわけだ?
中野 そうです。そこの原体験とかそこの『エロティシズム』のバタイユで言うところの連続性に対する些細な記憶とか郷愁、それに僕は気づいちゃったわけですよ。小学校のときに。
−なに言ってるかさっぱりわからない(博士)
中野 だから、ニーチェでいう『ワーグナーの書簡』って分かります?太陽に照らされた湖面、それがアポロであって、だけど、それは恐ろしい深みなしには存在することができない。その湖の深さ自体がディオニュソス。で、僕はディオニュソスに気づけたというか、たまたま、自分の関心を向けることができたけど。でも、いずれアポロのところに目を向けようと思えばできるわけですね。そこのぎりぎりのラインを生きていくのが一番楽しいなと思って。
−っていうことはやっぱり死と隣合わせに生きていくということが一番楽しいというわけ?
中野 そうです。それは間違いない。
−死という連続性を感じながら。連続性の波動を感じながら生きていくところに面白みを感じる。
中野 死へ傾注していたというのが大学時代です。アルベール・カミュだったりニーチェに出会って自分なりの研究を深めていった結果、たどり着いていったのはそこのぎりぎりの部分です。幻想だったりとかいった部分。
−(閉めに入りながら)十分面白い見世物になったんじゃないでしょうか。
中野 本当に考えすぎるとシノレスの神って分かりますよね?ギリシャペシミズムの。それでもいうように人間って生きてきたこと自体が最悪なことだから。
いますぐやらなきゃいけないことは死ぬことで、本来やらなきゃいけないことは生まれてこないことだって言ってるんですよ。ギリシャの神って。
そんなこと言っちゃったら楽しくもないし、生きていく意味がないじゃないですか。だからなんで波紋を広げていくか、なんでこれをやっていくかと考えたときに。やっぱりアルベール・カミュの不条理な人生を生きるけど、その姿が美しいっていう。より多く生きるってそういう姿だったりするなって感じれて。君たちは君たちであっていいみたいな。
−仏教やろう(誘う)
水道橋博士、僕は最近ちょっと鬱だったのよ。人生ってつまらないなって思う日々がねえ。続いてたわけ。今日ねえ、びっくり箱にあった。これ(と中野君を差す)。おれはこの人の10年後、20年後を見るために生きていこうかなって。