シュガー&スパイス 風味絶佳

風味絶佳

風味絶佳

シュガー&スパイス 風味絶佳を観てきました。
これは判定が難しい映画ですね。
いいところと悪いところがあるので。
まずは悪いところをあげたいと思います。
最初に高校生の柳楽君たちの二人人組がエロビデオを大量に借りるところから始まります。
で、そのエロビデオを彼女にセックスが下手だと言われて自殺しようとしている友だちに見せようとします。
ポップな笑いをやろうとしているのですが本当に薄ら寒い。
というか寒い。
公園の子供が見ているようなところで自殺しようとするのですが、それが面白いはずなのに本当に笑えない。
で、止めようとするもほかの二人の体重が掛かって首吊りの縄が切れて、自殺しようとしていたはずが、
「殺す気か?」と怒るというオチ。
このシーンは「さよなら絶望先生」という漫画のパクリです。
パクリを知らないとしても演出が下手なのでつまらないと思ったでしょう。
岩井俊二の映画のようなきれいな画面なのに、ポップでドタバタは似合わないし、本当にコメディセンスがこの監督にはない。こんなコメディセンスのない人は空前絶後だと思います。
ほかにも、外人(マッスルというでぶやに出ている人)が話すと口と声が合っていなくてアフレコになっているという。
いいともでマッスルという外人がコーナーをやってましたね。
知ってますか?あれをやる。
本当に映画の雰囲気に合っていない。
レポーターとしてのおなじみの彦磨呂が引越し屋として扉を開けるとでてきて、あんな感じで挨拶をする。
という感じで、寒いにもほどがあり、文字にすると結構面白いじゃないかと思う人もいるかもしれませんが。
あれは本当に面白くない。寒すぎて背筋が凍った後に、
観ているこっちが恥ずかしくなるという。
そういうことありませんか?
特に日本映画でよくある。演じているのを観ているこっちが恥ずかしくなってしまうようなシーン。
そういうシーンが続出します。
笑いを取りにいっているシーンは百発百中スベっています。
あれを観て笑える人は100人中1人くらいでしょう。
恥ずかしくて顔がほてってきます。
映画館であんな恥ずかしい思いをしたのは初めてかもしれません。
というわけで、前半の監督がコメディをやるつもりが完全に失敗している間はこの映画を観に来たことに後悔して、またやっちゃったなと思いました。

それが、後半になり柳楽優弥君と沢尻エリカが仲良くなっていくところから急速に映画がよくなっていきます。
素朴な感じの柳楽君は若すぎると観る前は思いましたが、
結構はまってました。
で、沢尻エリカがバイトに入ってきて、最初はぎこちない感じなわけです。柳楽君もなんとかして気に入られようとして空気が読めなかったりするのですが、そのとんちんかんぷりを沢尻が笑ってみててその笑顔と最初の他人行儀な感じとのギャップが素晴らしい。
沢尻という人はモテる女の人特有の冷酷さとひとたび惚れたときの優しさをあのクールな顔と笑ったときの八重歯で表現できる人です。
バイト先にキレイな人が入ってきて、段々距離を縮めていくという感じがとても甘美です。
キスシーンのぎこちなさや自転車で送っていくときに二人の手が触れる感じなど。
それが誰もが高校や中学のときに憧れていた恋愛の世界そのものなのにびっくりです。
たぶんこの監督はいい意味ですごく精神年齢が低いのかもしれない。だから、あんな恋愛の理想像を描けるのでしょう。
そんな恋愛の世界を追体験した私たちはもうメロメロになって
劇場を出るしかありません。
恋愛とその後の顛末もありそうな等身大で、妄想というにはドラマチックすぎず、誰にでも一度は当てはまる展開です。そのうちに柳楽君のことを他人事とは思えなくなってきます。
そして、原作にもある素晴らしいグランマの台詞とミルクキャラメルという小道具。

この映画を観た後、切なくて人恋しくなり、そして秋の肌寒さが身に沁み、それこそ「寂寥感」でいっぱいになりました。
こんな映画を独り身の男に見せないでください。
私はいろいろ恋愛以外にもやることがあるのです。
車の運転をしているとき、スタバにいるとき、そんなふとした瞬間に、寂しさが入り込んできて心を空白にしてしまいます。
この映画のせいです。
というわけで、彼氏彼女がいる人は一緒に観るといいでしょう。あのころの純真な、人を愛することに憧れていた気持ちに戻れるでしょう。
そして、友だち以上恋人未満な人と観た人は、その人と必ずやもっと深い関係になることができるでしょう。
そういう人以外は観てはいけません。
発禁です。こんな映画を観ては日本の将来は危ない。日本は経済的停滞に陥ってしまうでしょう。危険すぎます。
というわけで、この映画の後半でかなり心を揺さぶられ、
もちろん涙し、観る前と全く違う人間に私はなってしまいました。
というのは言い過ぎかもしれません。体調が悪かっただけかも。でも感動したのは確かです。しかし感動した自分が恥ずかしくなるような映画です。

原作との違い。
山田詠美先生の原作は明らかに祖母(グランマと孫に呼ばせている)目線で描かれています。
山田詠美は恋愛の達人なので孫の青さも若いっていいよね
という感じでほほえましく見ているような感じです。
グランマも生き生きとしています。
映画では夏木マリのグランマはヨーダのような神に近い存在で、人間ぽくない。宮崎アニメの湯婆婆のようになっています。
この映画は柳楽君の孫の目線です。監督自ら青春まっただなか
チュウボウ感覚いっぱいです。で、監督も女心というものがよく分かっていないらしいところがまたリアル。
沢尻エリカをよくつかめない人間性キャラクターにすることで、逆に揺れ動き、そして分かりにくい女心を表現することに成功しています。
山田詠美の原作ではガスステーションで働くことを決意する主人公を肯定しています。それから主人公がジェントルでライバルがストーカーで押しが強い。このジェントルになるべきか強引にいくべきかの二者択一が物語の主題です。
しかし映画ではライバルが慶応の医学生という設定で、主人公がガスステーションで働く労働者というお金の対比が紛れ込んでいて、主題がぼやけます。

ガスステーションで働く人や肉体労働者を登場人物に配して
風味絶佳という山田詠美の短編集ではそれらの人々を肯定するわけです。
だが、映画ではそういう人たちをあまりかっこよいものとして
描いていないのではないか。そりゃ明らかに否定はしないものの大学に行って就職するという生き方の選択肢を主人公に残しています。
原作にない高校のときの仲良し三人組も大学に行ったやつはいいやつだし、行かないやつはバカで人の気持ちが分からないやつです。
というわけで、山田詠美の原作とは肉体労働者の描き方が逆ベクトルになっている映画ですが、山田詠美先生の小説のもつ恋愛至上主義をこの映画は体現しているのでよしとしますか。