グータンヌーボの気まずさ

山本梓が出るというのでグータンヌーボという番組を見ました。
これは三人の女性タレントが毎週出てきてその中の一人が
ゲストの女性二人とカフェで語ったりご飯を食べるという番組です。
江角マキコがグラビアアイドルの山本梓ハロープロジェクト里田まいとレストランやカフェで話していました。
江角マキコが貫禄のあるたたずまいで自然派だけにそれほど他人に
気を使う様子もないし、気まずい雰囲気が垣間見れました。
江角マキコというのは、女性から見ると永遠の姉貴分みたいな感じなんですか?
昨日の日記で宮崎アニメでお姉さん的な存在がいかに重要かという話を書きました。
しかし理想のお姉さん的な存在を実写化すると江角マキコですか。ちょっと違う気がします。
今日も山本梓が気を使って持ちネタの恋愛ネタを話すという状況になっていて、年下に気を使わせるのはちょっとなあと思いました。
上の世代だと夏木マリという適任者がいるのですが、
30代で姉貴分はいませんな。
杉本彩までいくとちょっとエロすぎてキワモノぽくなります。
やはり佐藤藍子あたりの成長を待つしかないのでしょうか。
日本社会にとっても良き姉貴分がいないというは女性の
ライフスタイルの提案という面でも不健全になってしまう気がします。

ところで、宮崎アニメにおけるお姉さん的存在の重要性についてつらつらと今日も考えていました。
そういえば「となりのトトロ」にはお姉さん的な存在は出てこないなと思いました。
だいたい宮崎アニメの主人公は親がいなかったりするのに健やかに育っています。
となりのトトロの場合は主人公にお姉さん的な存在がいないが故の葛藤を描こうとしているのかなと思いました。
宮崎アニメでは親はなくとも問題はないという描かれ方をしていますから、「となりのトトロ」もお母さんが病気で離れてしまうのは本当は問題ではない。
主人公のサツキにお姉さんみたいな人が周りにいればいいのです。
この映画の場合はサツキがお姉さんみたいな存在に頼りたいのに逆に妹のメイに頼られてしまうというというところが泣けるのですね。
本当は甘えたいのに頼られてしまうというのは実はよくあるパターンで一時期流行ったアダルトチルドレンというやつです。アダルトチルドレンの代表で有名なクリントンはアル中の父親の虐待を受け、父親をなだめるために、精神的に早く大人になり、大人との交渉の技術を覚えました。その交渉力が大統領になってからも役に立ったというのです。
そんなアダルトチルドレンという言葉の流行に寄り添う形で、「となりのトトロ」もできたのかなあと思いました。